ビトント市大聖堂

 


Bitonto

市立劇場

大聖堂

♬ビトント市大聖堂

 旧市街の狭い道を入り、中世末期の営業や貴族の家があった「ディ・メルカンティ(商人の)」道を進むと、町の最も貴重な文化、社会、宗教の中心であった大聖堂が見えてきます。
聖マリア・アッスンタに献呈されたビトント大聖堂は、バーリの聖二コーラのバジリカから着想を得て、11世紀から12世紀にかけて建築されました。彫刻された扉とバラ窓の素晴らしさにより、プーリアのロマネスク様式の最も完全で成熟した大聖堂の一つとみなされています。
 地下際室には、保存状態のよい11世紀のグリフォンのモザイクが発見されましたが、ライオンの胴体にワシの頭をついたグリフォンは、キリストの人間性と神性の二面性を象徴と考えられています。
この大聖堂のファサードは、縦に三つに柱で区切られ、それぞれの三つの身廊には一つの扉があります。
 大聖堂の中央扉には、動物と植物のレリーフで飾られたダブルのアーキヴォールトがあり、その上には立派な彫刻が施された上部アーチがあります。かぎ爪で獲物を持つ二つのグリフォンは、上部アーチを支えていおり、それらはコリント様式でライオンの頭のある二つの柱に支えられています。
 大聖堂の広場に面している南側は、細い柱と、それぞれ別の人間の頭が彫刻された柱頭で作られた長い開廊があります。
この大聖堂はラテン十字式設計で、内部は三つの身廊に区切られ、それぞれの身廊の奥は半円後陣になっています。身廊と翼廊は、多色装飾のある組み木の天井があり、マトロネオ(ギャラリー階)の二つの側廊には、ドーム形ヴォールトがあります。六つの鎌刑のアーチは、コリント式の六つの柱の上にあり、その柱により身廊と側廊とに分かれています。その六つのアーチの上には、マトロネオを飾る六つの三連窓があり、二つ目のアーチの下には、有名な洗礼盤があります。
 地下際室は大聖堂と同時期につくられ、その柱は、罪と誘惑の象徴である森の木と考えてられており、30本の柱はミネルヴァ女神に献呈されたギリシャ神殿から渡って来たと言われています。
全ての壁はビザンチンのフレスコ画が描かれていたと思われます。
北の壁には、トンマーゾ・トラエッタのお墓があり、このビトント出身の作曲家トンマーゾ・トラエッタ(1727年‐1779年)は、パルマや、ロシアのカテリーナ皇后の元で活躍し、最後はヴェネツィアに住みそこで亡くなりました。その遺体は1982年にヴェネツィアから再び出生地ビトントに運ばれました。


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